【パラアスリートの言魂】プロゴルファー 小山田雅人

カテゴリ:芸能スポーツ

  • ゴルフを始めたのは19歳。「手がないことは言い訳にしたくなかった」
  • 娘が生まれた年に脳腫瘍が見つかる 「娘の記憶に残りたい」とプロ転向へ
  • ゴルフがパラリンピックの正式競技に認められるまでやり続ける

小気味よい音と共にドライバーから放たれるボール。その距離、約250ヤード。

プロゴルファー・小山田雅人選手の右手は義手だ。

「小山田さんは基本的に敵」

2歳の時に不慮の事故により右手を切断。

それでも不便に感じたことはなく、ジュニアサッカーでは国体の県代表。中学時代は、野球部の投手で県大会準優勝とさまざまなスポーツに取り組んできた。

本格的にゴルフを始めたのは19歳の時。レッスンを受け、コース競技のクラブ選手権に出場し、次々と優勝を飾った。

現在、51歳の小山田選手は「普通の人と戦う時に言い訳がないスポーツはゴルフだと思った。それでゴルフを始めました。ハンディキャップで言えばゼロまで行った。手がなくて負けるというのが嫌で、言い訳には絶対にしたくなかった」と話した。

ゴルフの師匠である高橋完プロも「小山田さんは基本的には敵です。相手として不足ないんです。障がいを負ってますが、初めて会った方はわからない。プロとしても尊敬していますし、すごいです」と絶賛した。

「娘の記憶に残りたい」

そんな小山田選手に試練が訪れたのは2005年。娘が生まれた年に脳腫瘍が見つかった。

「かなり重いがんなので、あと何年生きられるのかなと思ったときに、“娘の記憶に残りたい”と思ったんです。片手のプロゴルファーは記憶にすごく残ると思うんです」と立ち上がり、プロ転向を決意し、14年にプロゴルファーになった。

世界障がい者ゴルフ選手権では部門別で14年、16年に優勝。

小山田選手は「ゴルフがなかったら自分はダメになっていたかもしれない」と振り返る。

日本プロゴルフ協会会長の倉本昌弘さんは「素晴らしいと思います。苦労と苦心をしているなと見受けられて、努力しているなという感じです」と小山田選手を称賛した。

闘病を続けながらプロシニアツアーへの参戦を目指す小山田選手。

「娘に『パパ、カッコいい』と言われた時が本当にうれしかった。プロになってよかった。ゴルフやっていてよかったって思いました」と笑顔を見せた。

日本のシニアプロツアーデビュー、そしてゴルフがパラリンピック正式競技に認められるその日まで、小山田選手はティーグラウンドに立ち続ける。

小山田雅人(コヤマダ・マサト)

1967年5月24日生まれ 51歳 栃木県出身
富士産業所属
2歳の時に不慮の事故で右前腕切断
14年 PGAティーチングプロB級会員
14年、16年世界障がい者ゴルフ選手権部門別優勝


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