自己評価は「0点」ワタミ創業者の議員引退の弁 財政再建も原発ゼロもできなかった政界の「壁」

カテゴリ:国内

  • 「ワタミ」創業者である自民党の渡辺美樹議員が次期参院選不出馬 
  • 「何一つ力発揮できず」「自己評価0点」のワケ 
  • 財政破綻への危機感と、官邸に止められた「出口戦略」議論

「ワタミ創業者」渡辺美樹参院議員の次期参院選不出馬表明

「今日は次の参院選に出馬しないということを決めたのでご報告です」

2月13日朝、記者団を前に、このように口を開いた自民党の渡辺美樹参院議員。国会内の事務所で、今夏の参院選への出馬を見送ることを発表した。渡辺氏は続いて、不出馬の理由に言及した。

「参院に出馬するときに前回、財政再建と原発ゼロが、私が公約したものだったが、残念ながらこの6年間、公約した財政再建や原発ゼロについて何一つ力を発揮することができなかった

このように自らの公約について力を発揮できなかったことを、“引退”の理由に挙げた渡辺氏だが、この国会での安倍首相の施政方針演説に失望したという。

「先日の施政方針演説をみても財政再建については一言しかなかった。また原発ゼロについてはもちろんそういう発言はありませんでした。この6年間、私が国会議員を続けさせていただいても私が最初に約束したことは何一つ実現できないということで、国会議員でいることが目標ではなく、国会議員で何をするかが大事なので、このままでは何もできないということで出馬を見送りました」

参院選不出馬を表明した渡邉美樹議員(2月13日)

経営のトップから見た政界との乖離「この国は近い将来、財政破綻する」

渡辺氏は、1984年に大手居酒屋チェーンであるワタミグループを創業し、「和民」などの店を各地に展開して急成長させた。さらに、農業や介護事業にも乗り出し、日本の著名な経営者の1人となった。

そして、2013年の参院選に自民党の比例区候補として出馬し、約10万4千票を獲得し初当選し、国会へと進出した。

経営者という顔を持つ渡辺氏が、政治家としてもっとも危惧し、“引退”の理由としたのが財政再建だ。1100兆円を超えた国の借金や経済成長ありきの甘い財政再建のシナリオには違和感しかないと指摘し、「この国は近い将来、財政破綻する」と断言した上で、次のように政府の財政政策を批判した。

「経済成長なくして財政再建なしと繰り返し官邸は言っているが、経済成長しなかったら国は破綻していいのかということです。私は経営者ですから、売り上げが上がらなくても潰さない会社を作っていくというのがまず社員のためだと思っています。実質2%、名目3%ですか、そんな数字が達成できなかったら、国は破産していいのか。そのあとの手は何もないわけです。私はそんながけっぷちの経営はすべきでないと思います

「お金がなくて借金して自分のかわいい子供にお小遣いをあげる。それはお父さんとしてやるべき姿ではないと思います。お金がないからお小遣い我慢しなさいというのが親の姿だと思います」

自民党と官邸に止められた「金融緩和の出口戦略」議論

しかし、渡辺氏は、野党ではなく、与党自民党の一員だ。その立場で自らの政策を実現することは本当にできなかったのか。渡辺氏は会見で、大きな「壁」の存在を告白した。

 「去年、(自民党の)財政金融部会長代理になり、日銀の出口戦略をテーマにしようということで皆様からの合意もいただきましたが、官邸からのご意向ということでやるなということで止められました。半年間、ありとあらゆる場所を使って言い続けたのですが、びくともしなかった。強い意志が政府にはあると思う。一人ではその意思、壁を打ち破ることができなかった」

アベノミクスとして、日銀による異次元の金融緩和を後押ししている首相官邸と党執行部によって、渡辺氏が画策した出口戦略についての党内議論は止められたというのだ。

もう1つのきっかけは「議員定数6増法案」

そして渡辺氏が、“政界引退”を決断するもう1つのきっかけとなったのが、去年国会で成立した、参議院の議員定数を6増やす公職選挙法改正の採決時だったという。

「最終的に自分は国会議員でいられないと思ったのは、参院で6増法案が決まった時でした。ボタンを押すときは手が震えた。絶対にこんな法案通してはいけないと。国会議員の都合で、人口が減ってお金はないのに、一人1億円もの予算をかけて議席を6つも増やす。そんなことがあってたまるかという思いでボタンを押した。その時が最終的に出馬を見送ったときでした」

永田町は経営の世界と全くの別世界

さらに渡辺氏は会見で、経営の世界と政治の世界を比べて次のように語った。

永田町は私が30年育った経営の世界とは全く別の世界。経営の場合には少ないお金で沢山のことをやった人が評価される。政治は予算を確保した方が強い、いわば既得権である。経営と政治はかなり違う感覚がある

経営と政治は別物であったという渡辺氏。6年前に出馬を勧められた菅官房長官からは、不出馬を伝えた際に「あと10年早く議員になったら良かったかもしれないね」と言われたという。当選回数が発言力につながる、永田町の論理もまた壁となったということだろう。

菅官房長官

自己評価は「0点」 生涯経営者宣言

政界引退後は生涯「経営者」として、民間でできることをひとつずつこなしたいと語った渡辺氏。

現在288校まで広がった発展途上国の学校を1000校まで増やす。
1000人の経営者を育てる。
森を1000ヘクタールまで増やす。

以上のトリプル1000の目標を掲げ、今後は経営者育成や発展途上国支援を続けるという。

この6年間を振り返り「非常にやるせないというか、悔しい思いはしてきた」と述べた渡辺氏。将来の政界復帰については「今は考えていない」とする一方、「財政破綻したとき第二次世界大戦に負けた以上の痛みを国民は受けると思う。その時に自分の力が必要だと思えば、もう一度問題提起させていただきたい」と多少の含みを持たせた。

そして会見の最後に渡辺氏が発した言葉は、永田町という特殊な世界での、スター経営者の限界をストレートに表すものだった。

6年間の自分への評価は0点。何一つ残せなかった

(フジテレビ政治部 自民党担当 森本涼)