「誰があげたんだ?」謝罪文も訂正…純烈メンバー“脱退騒動” 混乱の舞台裏を告白

  • 「文春に直撃された…」すべては友井さんからの電話で始まった
  • チーフマネージャー離脱、謝罪文も訂正…混乱極めた舞台裏
  • 4人で臨んだ会見でリーダーが発した「僕の中であいつは死んだ」の真意に涙…

昨年、念願の紅白歌合戦出場を果たした人気歌謡アイドルグループ「純烈」。

だが、メンバーの一人、友井雄亮さんが“文春砲”により、紅白歌合戦の約11日後に引退を発表した。

2月7日放送の「直撃!シンソウ坂上」(フジテレビ系)では、文春のスクープによって引退を決めたその裏側を「純烈」メンバー4人が独占告白。MCの坂上忍が直撃した。

それは1本の電話から始まった…

リーダー・酒井一圭さんの呼びかけにより、2007年に結成された「純烈」は、リードボーカル・白井裕二郎さん、振り付け担当でムードメーカーの友井雄亮さん、コーラスの小田井涼平さんと同じくコーラスの後上翔太さん、5人中4人が特撮ヒーロー出身という異色のアイドルグループ。

全国のスーパー銭湯を巡りながら、ムード歌謡を披露し、おば様方のハートをがっちりとキャッチして、“スーパー銭湯アイドル”として注目され始める。

2018年には小田井さんがLiLicoさんとの結婚を発表するなど、地道な努力が実を結び、結成から11年で念願の紅白歌合戦に去年初めて出場した。

知名度もアップし、これから更なる活躍が期待されていた「純烈」の前に、大きな壁が立ちはだかった。

それは1本の電話から始まった。

『週刊文春デジタル』に公開される3日前の1月6日、友井さんからチーフマネージャーの山本さんに「文春に直撃された」という電話があった。
山本さんは「ほとんど答えられていないので、事務所に確認してください、という形で終わらせた」とだけ友井さんから報告を受けたという。

しかし実際は、事務所が把握していない友井さんの女性トラブルを文春は掴んでいて直撃していたのだ。
この時すでに、友井さんと事務所との間で大きなズレが生じていた。

翌1月7日、チーフマネージャーは文春がどのような情報を掴んでいるのか把握できないまま、状況をリーダーの酒井さんだけに伝えた。事務所も酒井さんも何の具体策も取れないまま、1日が過ぎていった。

事態が急展開したのは1月8日。事務所に送られてきた『週刊文春』の記事の内容を伝えるFAXに、「交際女性へのDV」と「3千万円近い金銭トラブル」といった、全く想定していなかったことが記されていた。

スタッフたちは突然のことに青ざめ、鳴り響く事務所の電話にパニック状態で応じたという。

『週刊文春』の記事は、地方のホテルで営業をしていた酒井さんにも送られ、ここで初めて全容を知ることになった。

がく然とした酒井さんだが、記事の内容の真偽について友井さんに問い詰めたという。そして、「すべて事実」と友井さんから言われた酒井さんは、「今、守るのは女性たち。お前じゃない」とある決断を下した。

酒井さんは「友井からも説明を受けて、これはかばいようがないと。報道に出た女性たちも傷ついている。メンバーや応援してくれるファン、スタッフ、いろいろなことを考えましたけど、腹をくくりました。辞めるというところまで。友井も腹をくくっていたので。純烈だけでなく、この世界をきっちり辞めないと、と」と振り返った。

この時点で酒井さんは、友井さんの引退をもって、この騒動を終わらせる決断をした。

司令塔不在で混乱する純烈メンバーとスタッフ

しかし、さらなる危機が純烈を襲うことになる。

友井さんのDVと借金トラブルが発覚したと同時に、チーフマネージャーの父親が亡くなってしまったことで、離脱してしまう。

その時のことを小田井さんは「僕らにとってマネージャーの不在が一番大きかった。そこが基点になって、すべての情報が回っていたんですが、ポンといなかったので、情報が集まってこないんです」と話した。

そして、1月9日、『週刊文春デジタル』で友井さんに直撃した動画と記事が公開され、広く世間に知られることとなった。

チーフマネージャー不在の中、事務所もメンバーも混乱状態に。会見の準備を進める一方で、メンバーが内容を把握していない状態では難しいといった声が上がり、事務所は会見を中止する代わりに、事務所の判断で純烈のブログに友井さんの謝罪コメントを掲載した。

しかし、「記事の内容につきましては、すでに解決にはなっております」といった謝罪文は後に訂正され、さらに騒動を大きくすることとなった。

記事がネットにアップされた時、純烈は地方にいたため、新幹線で東京へと戻っているところだった。
酒井さんが「新幹線の席はみんなバラバラだったんですけど、友井と僕は近くでした。友井は『週刊文春デジタル』の記事を見てたり、窓の外を眺めたりしているのを感じながら、ファンのみんなが知ることになり、どうやって自分が裁いていけるのかと考えていたんです」と記事が上がったときの友井さんの様子を明かした。

同時に、純烈のブログに謝罪文が載っていることをニュースで知ったという酒井さんは、「誰があげたんだ?」と驚いたという。

実は、最初に友井さん名義で出た謝罪文は、チーフマネージャー不在の中で、情報がないまま焦った東京の事務所スタッフが載せたものだった。

事務所の混乱ぶりを感じた酒井さんは「LINEグループを僕が立ち上げて、東京のメンバーもそこに入れて、今何が起こっていて、誰がどう対応しているのか情報の集約をしました。友井の口から事実関係を聞き、みんなで共有しないとどうにもならないだろうと」と話し、深夜にチーフマネージャー以外の全スタッフが初めて集まり、緊急会議を行ったという。

そこで友井さんは「もうここにはいられない…」と芸能界引退を決意した。

「僕の中であいつは死にました」この言葉の真意

1月11日、『週刊文春デジタル』公開から2日後、友井さんが一人で引退会見を行った。

この日、酒井さん以外は個々の仕事があったが、酒井さんだけはリアルタイムで会見を見ていたという。

その時のことを「優しい言い方をすれば、友井なりにはしっかりやったと思います。でも、悲しかったですね。なんでこうなったんだろうって。どうしても僕の中で、女性に手をあげる友井のイメージができないっていうのがあって。それは今もそうなんですけど…」と言葉を絞り出した。

後上さんは「横並びで隣にいたメンバーが、大勢の報道陣を前にして、謝罪会見という形をとっているということをうまく受け入れられない自分というのが正直、いました」と複雑な心境を明かした。

また、小田井さんは「友井はグループの中でも元気なキャラクターなんです。その一番、元気な人があんな顔で会見しているのが…冷静に見れなかったです」と肩を落とし、白川さんは「僕の中ではどこかで嘘だと言ってくれとずっと思っていたんですが、すべて本当だったということで、見ていてすごく辛かった」と吐露した。

そして、残ったメンバー4人で臨んだ1月15日の記者会見。

記者から今後の友井さんとの付き合い方について問われると、小田井さんは「ステージで踊って歌って騒いでいる彼は、大好きなんですよ。ですけど、一歩ステージを降りた牧山雄亮(友井の本名)は大嫌いだというしかないと思っています」と話した。

酒井さんも「会いたい気持ちはゼロではないですけど、“僕の中であいつは死にました”。なので、会うことはないと思います」と厳しい言葉を放った。

この“僕の中であいつは死んだ”という言葉が印象的だったという坂上。
この言葉に、坂上は「友井君じゃなくて、『純烈』という会社を取ることに決めたと感じた。テレビの前で初めて“ブラック酒井”を見た気がした。それぐらい腹くくったなと感じた。あれは、覚悟でしょ?」と酒井さんに問う。

すると「純烈を守らなくちゃいけないし、世の中的には友井雄亮を僕が抹殺して、彼、牧山雄亮という本名で本当に償い、更生して…。それが済まないと、純烈のリーダーである以上会えないし、会いたいですけど…」と煮え切らない思いを明かした。

それを聞いた坂上も「立場的には優しくなっちゃいけない人ですから」と話すと、白川さんが「あのリーダーの言葉は本心じゃなかったと思うんです。世間ではいろいろと言われていますが、家族を守ったり、メンバーを守ったりするための言葉だと思っています」と語ると、その横で酒井さんは涙を流した。

さらに、坂上は友井さんが返ってくる可能性について切り込む。しかし、酒井さんは「ないですね。ないでしょう…」とこぼした。

4人になった純烈のこれから…

友井さんの引退から13日後、残りの純烈メンバーは東京の明治座にいた。

歌謡界の大先輩である前川清さんの誘いで50周年記念、前川清特別公演に出演していた。

白川さんは「前川さんもですし、芸能界の大物と言われる人たちが自分たちに手を差し伸べてくださって。本当にいろいろな方に助けられて、少しでも恩返しできたらと思っています」と話した。

後上さんも「このあと、健康センターなど自分らのホームグラウンドでの4人のステージが待っているので、我々に会いに来た以上は絶対にプラスになって、笑って帰っていただかないと」と決意を新たにした。

酒井さんも「今まで通り純烈は、一生懸命ステージで出会った人たちに喜んでいただけるグループを続けていくだけ。それもできなくなったら、いよいよ純烈も終わりかもしれないです」と話した。

夢の紅白歌合戦出場からどん底を経験した純烈。

メンバーは現実を受け止め、応援してくれるファンのために、求められる限りこれからもステージに立ち続ける。

「直撃!シンソウ坂上」毎週木曜 夜9:00~9:54