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樹木希林さんも…2018年亡くなった著名人の墓碑銘 【9月~12月】

カテゴリ:芸能スポーツ

【女優・樹木希林さん (75) 】 9月15日死去

女優の樹木希林さんが9月15日亡くなった。享年75歳。
1961年に文学座付属演劇研究所に入り、悠木千帆の芸名で女優としての活動をスタート。1974年のドラマ「寺内貫太郎一家」でのおばあちゃん役など若いころから老け役が多く、「ピップエレキバン」や「フジカラー」のCMでもとぼけたやり取りで人気を集めた。
2013年には、全身がんであることを告白。亡くなる1カ月前の8月に大腿骨を骨折し手術を受けていた。
夫の内田裕也さんとは40年以上の別居生活を送っていたが、義理の息子である俳優の本木雅弘さんは「(希林さんの)体が焼かれて骨になって(棺の)蓋を閉めようとした時に裕也さんが顎の部分の骨を拾ってハンカチに包んでポケットにしまっていました。本当に私もこういう夫婦関係っていうのもありなんだなって」と葬儀の様子を明かしていた。

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【格闘家・山本“KID”徳郁さん (41) 】 9月18日死去

総合格闘家の山本“KID”徳郁さんが9月18日亡くなった。享年41歳。
山本さんは8月、自身のインスタグラムで「私事で急なご報告となりますが、私山本KID徳郁はガン治療のために頑張っています」とがんを患っていることを公表していた。
山本さんは、父の山本郁榮さんがミュンヘンオリンピック出場のレスリング選手、姉の美憂さん、妹の聖子さんがともにレスリングの元世界女王という格闘一家の一員だった。
学生時代にレスリングで全日本を制したもののシドニーオリンピック出場は叶わず、プロの格闘家に転向。
身長162cmと小柄ながら、父親譲りの強さで“神の子”、“キッド”の愛称で呼ばれ、K-1の2005年大会では須藤元気選手を下して優勝、世界王者に輝いた。
私生活では2度の結婚を通じて4人の子どもの父親。
2012年、誤って駅のホームから線路に落ちた男性を救ったこともあった。

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【相撲・輪島大士さん (70) 】 10月8日死去

第54代横綱・輪島大士さんが10月8日亡くなった。享年70歳。
石川県出身の輪島さんは日大相撲部で学生横綱に2度輝くなどタイトルを総なめにし、華々しく角界入り。
初土俵からわずか3年半というスピード出世で横綱に昇進した。
金色のまわしがトレードマークで左下手投げが得意なことから“黄金の左”と呼ばれ、横綱・北の湖との“輪湖時代”を築いた。北の湖との対戦成績は23勝21敗で輪島さんが勝ち越している。
引退後はジャイアント馬場さん率いる全日本プロレスに入団。リングでも黄金の左で一世を風靡した。

【政治家・仙谷由人さん (72) 】 10月11日死去

仙谷由人元衆議院議員が10月11日肺がんのため亡くなった。享年72歳。
民主党きっての論客として活躍し、官房長官としてらつ腕をふるった。
徳島県出身で弁護士だった仙谷氏は、1990年の衆院選に当時土井たか子委員長が率いていた社会党から出馬し初当選。細川政権が誕生した1993年の総選挙では落選したが、1996年の総選挙に旧民主党から出馬し、衆院議員に返り咲いた。
2009年に民主党政権が誕生した際には行政刷新担当大臣に就任し、事業仕分けなどに取り組んだ。この時には蓮舫氏を仕分けの担当者に起用し、蓮舫氏が「仕分けの女王」として台頭する道筋を開いた。
2010年、鳩山首相の辞任を受けての代表選挙では菅直人陣営で精力的に動いて勝利、菅内閣の官房長官に起用された。官房長官として強いリーダーシップを発揮し、国会論戦でも菅首相を守るように矢面に立ち続けたことから「影の総理」とも呼ばれた。

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【デザイナー・芦田淳さん (88) 】 10月20日死去

デザイナー・芦田淳さんが10月20日肺炎のため都内の自宅で亡くなった。享年88歳。
京都府出身の芦田淳さんは高島屋の顧問デザイナーを経て独立したあと、1963年に「ジュンアシダ」ブランドを設立。
当時皇太子妃だった皇后さまの専任デザイナーを務めて名が知られるようになり、1996年のアトランタ・オリンピックの日本選手団のユニフォームを始め、有名企業のユニフォームを多数手がけた。

【実業家・愛田武さん (78) 】 10月25日死去

実業家・愛田武氏が10月25日に都内の病院で亡くなった。享年78歳。
愛田さんがホストクラブ「愛」を創業したのは1971年。ヒゲとメガネをトレードマークに、次々と店舗を増やすと拠点を新宿・歌舞伎町に移転。豪華絢爛な“夜の城”として、日本一の歓楽街・歌舞伎町の名所となった。“ホスト界の帝王”と呼ばれた愛田さんは、ホストブームの仕掛け人となった強烈なキャラクターが注目されバラエティー番組でも活躍した。
晩年は3度の脳梗塞を患い、軽い認知症のような症状も見られ、介護施設での生活を余儀なくされていた。

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【女優・角替和枝さん (64) 】 10月27日死去

女優・角替和枝さんが10月27日亡くなった。享年64歳。
1954年に静岡県で生まれた角替さんは、柄本明さんが座長を務める劇団に参加するなど、舞台、テレビ、映画とさまざまな作品に出演していた。
角替さんは夫の柄本明さんだけではなく、2人の息子の佑(たすく)さんと時生(ときお)さんも俳優という芸能一家。義理の娘は、NHKの朝ドラでヒロインを演じる安藤サクラさんで、こちらも芸能一家。
夫で俳優の柄本明さんは「午前6時27分、『原発不明癌』により旅立っていきました。長きに渡り応援して下さいましたファンの皆様、及び関係者の皆様には深く感謝いたします」とコメントした。

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【女優・江波杏子さん (76) 】 10月27日死去

女優の江波杏子さんが10月27日肺気腫の急性憎悪ため亡くなった。享年76歳。
江波さんは女優だった母親の後を追う形で1959年に大映に入社。翌年1960年に女優デビューした。デビューから数年はヒロインを引き立てる悪女役が多かったが、転機となったのが1966年初主演作となった「女の賭場」。「女賭博師」シリーズとして17本が作られるなど、大映の看板女優に成長。1973年には「津軽じょんがら節」でキネマ旬報の主演女優賞を受賞した。
江波さんは長年、肺気腫を患っていたが、日常生活には差しさわりなく直前まで元気に仕事をしていた。

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【女優・赤木春恵さん (94) 】 11月29日死去

女優の赤木春恵さんが11月29日心不全のため亡くなった。享年94歳。
戦前の1924年に旧満州で生まれた赤木さんは1940年に松竹に入社し女優デビュー数々の映画、ドラマ、舞台などで存在感のある役柄を演じてきた。
大ヒットドラマ「渡る世間は鬼ばかり」で中華料理店「幸楽」の女将を務め、嫁役の泉ピン子さんを“イビる”姑役や、「3年B組金八先生」の校長役もはまり役となった。
2013年の映画「ペコロスの母に会いに行く」では88歳で初主演も務め、世界最高齢で映画初主演した女優としてギネス世界記録に認定された。
2015年自宅で転倒し左足大腿部を骨折。介護施設と自宅を行き来する生活となった赤木さんは「パーキンソン病」を患いながらも、前向きに闘病生活を続けていたという。

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