高校中退・元コギャル外交官  天国の母に捧げる一冊の本

カテゴリ:国内

  • 荒れていた高校時代を公表して若者にエール「私のような経歴でも何とかなる」
  • 「外交って何?」の疑問に答える17テーマ。わかりやすさの秘密は?
  • 子育てに悩む読者へ「子供を信じて待てば、親の思いは必ず伝わる」

元コギャルの外交官、本を出す

異色な経歴をもつ外交官がいる。
外務省アジア大洋州局 地域政策参事官室 主査の島根玲子さん(34)だ。

「私は昔、どうしようもない落ちこぼれでした」と話す島根さんは、外国語や国際情勢には縁遠い思春期を過ごしたという。
勉強は大嫌いで、高校は留年して中退。金髪にこげ茶色に焼いた肌で、目的もなく街をフラフラとする“無気力”な毎日を送っていた。
しかし、そこから一念発起して、大検を取得後、大学に進学し、現在は外務省で働いている。

そんな島根さんが今年8月、著書『高校チュータイ外交官のイチからわかる! 国際情勢』(扶桑社)を出版した。
本は17章で構成され、コギャルから外交官への転身を遂げるまでの異色の経歴からはじまり、貧困、国際協力、移民・難民、食料、エネルギー、領土、関税、自由貿易、核兵器など、日本や世界が抱える諸問題を丁寧に解説した1冊だ。

「国際情勢」をテーマにした本を書こうと思ったきっかけは、2016年5月の伊勢志摩サミットだという。
サミットの広報を務めていた島根さんは、開催地である三重県の小学生に向けて、「イチからわかるサミット塾」と題した出張授業を行った。
「私は高校にほとんど行っていません」と自分の過去を話すと、子供たちの視線がぐっと集まったのを感じたという。

外務省の役人と聞くと、帰国子女であるとか、エリート街道を順調に歩んできたといったイメージで、そんな人が話すことは、「お堅い」「自分には遠い世界の話」と子供たちも最初は思っていたのだろう。
しかし、島根さんの一言でその印象は変わり、サミットや外交についての授業を「身近なこと」として捉え、楽しく学ぶことができたようだ。

この経験から、「私が過去も含めて話すことで、若い人たちが『世界に出てみよう』『外務省を目指してみよう』と思ってくれるのではないか」と考え、本の執筆をはじめたという。

高校時代の“無気力”な生活から変わるきっかけは何だったのか?
そして、この本に込めた思いや島根さんが考える「これからの日本」について話を聞いた。

反発心から非行へ…救ってくれたのは母と『日本昔ばなし』

ーー荒れていたという高校時代、そうなるきっかけは?

私も考えたのですが、「これ」という理由はわからないんです。
きっかけの1つとしては、親から「どこの高校に行くのかは自分で好きなように決めなさい」と言われていたのに、制服がかわいいからという理由で決めた高校を「なんでそんな偏差値の低い高校に行くの?」と言われたことでしょうか。
もともとの既定路線にはまらない性格に、「偏差値だけで判断するのか」という思春期の反抗的な思いが織り交ざって、プツンと糸が切れたような感覚がありました。

高校に入学してからは、親への反抗として通っている面が強くて、「もう行かなくてもいいかな」と思っていました。
そうするうちに、だんだん学校へ行かなくなりました。目的もなく街を歩いて非行に走ることもありました。
クラブやカラオケで夜通し遊んで朝帰りをすると、眠たいので学校には行かない。“ヤマンバ”に近い激しいコギャルファッションで、そういう生活を繰り返していました。
勉強は本当に嫌いでした。まず「勉強」という言葉が嫌いでした。本を読むのも嫌いで、それは今でも苦手です。

転機が訪れたのは、17歳の春だったという。
夜遊びで疲れて朝帰りした島根さんを待っていたのは、帰ってこない娘のために母が毎日作り続けてくれた夕食だった。母はいつも朝食として前日と同じ料理を食べていた。
その日も、ラップのかかった夕食を横目に自室へ入り、何気なくテレビを付けた。そこに映ったのは、アニメ『日本昔ばなし』の再放送。

ぼうっと眺めていた時に流れてきたエンディングテーマ『にんげんっていいな』が、島根さんの心に強く刺さった。
「おいしいおやつに ほかほかごはん 子どもの帰りを待ってるだろな」という歌詞が母の姿とリンクして、積もった思いがあふれて涙が流れたのだという。
母への感謝と謝罪の思いから「これ以上、迷惑をかけない」と決意し、恩返しをするための再スタートを切った。

島根さんが最初に定めた目標は、大学入学資格検定(大検)を取得して大学に行くこと。1年で大検取得と大学受験をするために、がむしゃらに勉強した。
移動中もリスニング力を鍛え、お風呂に入りながら英単語を覚え、髪を乾かしながら発音を確認するなど、すきま時間を最大限に活用したという。
そうした努力が実り、合格した青山学院大学では英米文学を学んだ。


ーー外交官を目指した理由は?

学生時代のボランティア活動での経験が大きいです。フィリピンのセブ島を旅行で訪れた時に、初めてストリートチルドレンを目にしました。
恥ずかしながら、住む家もなく路上で生活している子供たちがいるということを知らなかったので、「この子たちはここで何をやっているんだろう」と驚きました。
友人に尋ねると「親がいなくて、こうやって生きている子供たちは途上国には少なくないんだよ」と聞いて、「もっと知りたい。先進国にいる私たちには何ができるだろう」という思いに駆られました。

その後、ラオス、カンボジアなど東南アジアを中心に約20か国を旅行し、もっと腰を据えて関わりたいという思いから、大学院生の時に3~4ヵ月間、ケニアでボランティア活動をしました。
ケニアでの生活は、孤児院で暮らす子供たちの笑顔の裏にある貧困の現状を知り、何の不自由もなく生活してきた自分を振り返って、胸が締め付けられるような気持ちになるものでした。
それからというもの、彼らのような人を「放っておけない。助けるために私にできることは何か」と考えるようになりました。

外国で出会った人から日本のことを良い国だとか、行ってみたいだとか、よく言ってもらえることがうれしかったこともあり、日本の立場で外国と付き合っていくことができる政府機関で働きたいと思い、外交官を志しました。

ケニアでのボランティア活動(孤児院にて)

「過去の公表には戸惑いもあった」

この本の最大の特徴は、「外交なんて小難しい」と感じている読者の視点に立って、日常生活で見える外国との関係から国際情勢を教えてくれるというわかりやすさにある。
語り掛けるようなくだけた口調の文体で、外交にまつわる難しい言葉や各国の立場がすんなりと頭に入ってくる。
随所に挿入されているグラフも、難しい役所の資料から、島根さんが必要な情報だけをまとめて地道に作成したという。

ーー多くのテーマを扱っていますが、専門分野外のものもある?

これまで職務として経験したのは、自由貿易、中南米、伊勢志摩サミットだけですから、私自身、ほとんど勉強したことばかりです。
例えば、「日本の債務残高(借金の総額)がGDPの2倍ある」という話がありますが、883兆円と言われても天文学的数字で想像がつかないですよね。
だから、「国民1人あたり700万円の借金を背負っている」とブレークダウンさせて書きたかった。そのために、一から資料を集めてまとめていきました。

外務省で外国を相手に働いていると、「日本の位置づけはどのあたりにあるのか」ということを常に考えます。
日本はこれからどんどん人口が減少して、経済も小さくなっていくのに、近隣諸国は大きく成長していくという中で、日本の立ち位置にはとても危機感を持っています。
まず日本の足元でどのようなことが起きているのかを知らなければ、外国との関係は考えられません。
そのため、国債問題や縮小する経済の話など専門分野外のテーマについても書きました。少しでも世界に目を向けて興味を持っていただければと思います。

ーー「本嫌い」なのに執筆するのは大変だったのでは?

そうですね。でも、好きじゃないからこそ、本を読むのが嫌な人でも読めるように書いたつもりです。
自分で書いた文章を読み返すと、「すごくつまらないな」と思うんです。
なので、どうしたら面白くなるのか考えて、会話しているような文章を意識して、文字の間隔や改行にもこだわりました。
これでもまだ堅い文章だと思っているのですが、完全な口語口調になると外務省からNGが出てしまうかもしれませんね(笑)


ーー外務省の同僚たちの反応は? 

正確に書こうとすると、どうしても文章は難しくなってしまいます。やさしく伝えるためには、ある程度の正確性は諦めなくてはなりません。
出版に際して、外務省に届け出をするのですが、正確性に欠ける部分や間違いがあったため、「何も知らないな」とお叱りを受けたこともあります。
でも、この本では、多少の正確性を犠牲にしてもわかりやすさを取りました。

高校時代のことを公表することには、戸惑いもありました。
外務省の人からも「これ書いても大丈夫?」と言われましたし、自分でもあまり胸を張って言えることではないということはわかっています。
入省当初は、ずっと過去を隠していました。
周囲は有名な進学校の出身の優秀な人ばかりで、「出身高校はどこ?」という話にもなるのですが、聞かれると「家の近くの…」と曖昧な答えをするしかなかったのですが、ある時、高校時代のことを言ってみたところ、みんながすごく笑ったのを見て「あ、これウケるんだ」と。
「感動した」と言ってくれる同僚もいて、それからは隠さず言うようになりました。

本を読んでくれた人からも「お母さん素晴らしいね」「よく頑張ったね」「不登校の子たちに読んでほしい」といった声をいただきました。
過去を公表することで、いま同じような状況にいる人や、不登校やひきこもりの子が、「こういう経歴でも何とかなるんだ」と思ってくれたらいいなと思って書いたので、そういった言葉はうれしかったです。

安倍首相の真珠湾訪問に随行。スピーチ台を背景に(2016年12月)

「ひとりひとりが外交官」となって日本を支える

少子高齢化が進み、人口の減少や経済の縮小が避けられない日本。
しかし、島根さんの日本の未来への考え方は、決して悲観的ではない。若者への鼓舞、これからの日本に対する責任感と希望に溢れているのだ。


ーーこの本を通して、1番伝えたいことは?

最後に書いた「ひとりひとりが外交官」ということです。
日本はこれから人口が減少し、国力が落ちていきますが、近隣諸国は成長していきます。
規模がどんどん小さくなっていく日本が、これからも発展した国でいるためには、もうみんなの力を総動員するしかないと思っています。
しかし、若者は内向きで、積極的に海外に出ようとか、英語を話そうとか、そういう気概のある人が少なくなっているように思います。
私も自分の人生や日本のことを真剣に考えるような学生ではありませんでしたが、だからこそ、世界に興味のない人にも世界に目を向けてほしいと思っています。
日本国民のひとりひとりが「外交官」という思いを持って、世界での日本の地位を高めていくことが必要なのではないかと考えています。
日本にいても世界に興味を持っていてほしいですし、外国へ行ったら、みなさんは日本の“顔”になります。
責任ある行動で、外国人といい関係を築いてほしいと思います。

ーー「日本の顔」としての外交にとって大切なことは? 

「国と個人とは違う」ということを理解してほしいです。
世界には、日本との関係が良好な国もあれば、そうでない国もあります。
領土問題などのセンシティブな問題を抱え、国同士の関係が良くないと、その国のことを嫌いになってしまうこともあるでしょう。
しかし、その国の「人」は、また別の問題です。マイナスの感情を持っていた国の人と実際に話してみたら、大親友になることだってあります。
ですから、国に対するイメージと個人に対するイメージは、分けて考えてほしいのです。

子育てで悩む人へのメッセージ「親の思いは必ず伝わる」

そして、この本を通して伝えたいことは、世界に目を向けてほしいということだけではなかった。
第5章『外交のはなし』にある「国は引っ越しできないけど、人間関係は行き詰まったら逃げ出して」という言葉には、「いじめや人間関係で苦しくなったら、自分を犠牲にしないで外の世界に飛び出して」という若者へのメッセージを込めているという。
セカンドチャンスを獲得していける日本にするのも、私たち政府機関で働く大人の役目だと語ってくれた。

さらに、そんな若者たちの親世代の30~40代に向けても、自身が荒れた高校時代を経験したからこそ語れるメッセージを聞いた。

ーー子育てに悩んでいる親はどうしたらいい?

高校を辞めて家にもろくに帰らず遊び歩いていた私は、親と話せばケンカになりました。
当時、親は夜も眠れていなかったようで、とても辛い思いをさせたと思います。
思い悩んだ母はカウンセリングにも行っていたのですが、祖母は母に「親がちゃんとしていれば、子供は大丈夫。だから、信じて待ちなさい」と伝えていたそうです。
母はその言葉の通り、「自分がしっかりしていれば、いつか娘に伝わる。私だけでも信じて待とう」と思っていてくれたといいます。
ほとんど会話はなかったのですが、毎日用意してくれていた夕食や夜中の着信から、その思いは私に伝わっていました。
親から子供へのメッセージは絶対に届いています。
だから、いま様々な問題を抱えている子も、親が見放さず信じていてくれる環境にあれば、きっとやり直せると思います。
お父さん、お母さんがちゃんとしていれば、絶対に大丈夫です。

私の母は3年前に病気で亡くなっていて、この本を母に見せることができなかったのはとても残念なのですが、私を信じ続けてくれたことにすごく感謝していたので、お母さんに何か恩返しがしたいという思いがあり、この本もお母さんのために書いたようなものです。

自信に満ちた瞳で語る島根さんの言葉は、常に前向きだ。
今後の活動については、「執筆はお話があれば、道を踏み外してしまった子やその親の救いになるようなことを書きたいですね」と話してくれた。

■島根玲子
1984年埼玉県生まれ。高校時代に2度の留年と2回の中退を経験。一念発起して大検取得後、青山学院大学文学部に進学。
早稲田大学法科大学院を経て2010年司法試験合格。2011年外務省入省。 経済局、中南米局等を経て、現在、アジア大洋州局所属。
(『高校チュータイ外交官のイチからわかる! 国際情勢』著者紹介より)

■著書
『高校チュータイ外交官のイチからわかる! 国際情勢』(扶桑社、2018年8月24日発売)