問われるボクシング指導者の資質 「パンチドランカー」の兆候を見逃さないで!

小林晶子
カテゴリ:国内

  • ボクシング選手の誰にも可能性が!
  • 頭部への打撃で脳内に起こること…!
  • ボクシング指導者に求められるものとは

「パンチドランカー」で引退の選手も!

アマチュア・ボクシングの幹部や組織のことが、大きな話題となりました。
特にアマチュアスポーツにおいては、組織運営などは選手・競技者本位で考えて頂きたいと思います。
選手・競技者本位という事で言えば、ボクシング競技の指導者は、いわゆる「パンチドランカー」のリスクについて、もっと注意喚起すべきだと感じます。
『あしたのジョー』などの漫画や映画で知った方が多いかも知れませんが、実際に「パンチドランカー」を発症したことにより引退せざるを得なくなった選手も少なくありません。

「パンチドランカー」とは、認知症や神経変性疾患に似た症状が出る、脳の進行性の疾患です。
ボクサーに多く見られましたが、その後、他のコンタクトスポーツ(アメリカンフットボールやアイスホッケーなど)の競技者にも発症することが分かり、現在では「慢性外傷性脳症」と呼ばれるのが一般的となっています。
ただ、攻撃できる部位が、頭部と胴体に限定されるボクシングは、頭部へダメージが集中しやすいため、「慢性外傷性脳症」/「パンチドランカー」に陥り易いとされています。

頭部への攻撃が脳内を破壊!

なぜ「パンチドランカー」を発症するのか。
頭部にパンチを受けた時の感覚は、「痛い」というよりも、「鈍器で殴られたような」感覚で、体全体がグラグラする感じがするそうです。
それは、頭部への衝撃から生じる「脳震しんとう」が最大の要因です。脳しんとうが起きるとき、脳は頭蓋内で強く揺さぶられます。
すると、脳細胞が破壊されたり、脳神経が広い範囲で切断されたりします。
さらに繰り返し頭部に攻撃を受け、脳細胞や神経細胞のダメージが蓄積すると、心身ともに明確な障害がでるようになります。この障害が「パンチドランカー」です。

ヘッドギアには予防効果なし!

つい、試合での激しい打ち合いなどを想像しがちですが、「パンチドランカー」症候群の権威、米のベネット・オマル博士はこう述べています。
『一見無害に見える頭部へのインパクトが繰り返され、倍々ゲームで蓄積されてしまうことがパンチドランカー症候群の原因だ』。
つまり、試合でのダウンや打撃だけではなく、日頃の練習におけるダメージの蓄積こそ、最も警戒すべきだという事です。

ヘッドギアを装着するアマチュア・ボクシングやスパーリングは安全だと思われがちですが、決してそうではありません。
実際、アマチュア・ボクシングの選手から「ヘッドギアを付けてても、頭を殴られると吐き気がする」と聞いたことがあります。
リオ五輪では、「効果がない」として、男子ボクシングの試合でヘッドギアが廃止されました。

引退後に発症も…

ダメージの蓄積が原因ですから、キャリアが豊富かつ長期に渡る競技者ほど、リスクが高くなります。
「パンチドランカー」は、ボクシングを始めてから、15年後ぐらいに発症する選手が多いとされています。
現役引退後に発症することも多いのです。

症状としては、
・呂律がまわらない ・記憶の混乱 ・手足の震え ・ふらつき、めまい ・平衡感覚の低下・・・
などが挙げられます。

また、ボストン大学医学部のロバート・キャントゥ教授は、重症度について4段階のステージを示しました。
①頭痛
②うつ、攻撃性、怒り、短期間の記憶障害
③認知障害
④本格的な認知症、パーキンソン病(体の震え、歩行障害)

その症状は、アルツハイマー症候群とも、前頭側頭認知症とも大変よく似ているため判別は難しく、これらの疾患と混同されることが非常に多いのが実情です。
そうしたこともあって、「慢性外傷性脳症」/「パンチドランカー」は、死後に脳を解剖することによってしか最終的な診断ができないのです。

ボクシング指導者に求められる予防策

アマチュア・ボクシングには、脳の発達時期である高校生の選手もいます。
健全に競技を続けるためにも、「慢性外傷性脳症」/「パンチドランカー」を予防することが非常に重要です。
とにかく、出来るだけ頭部にパンチを打たれないことが肝要です。
ですから指導者には、選手に、ディフェンスについて徹底的に教えることが求められます。
また日常の練習においても、寸止めのパンチを放ちあう『マスボクシング』という方法もあるそうです。
様々な工夫で、頭部への攻撃を少なくする努力が、指導者には必要でしょう。

また、「パンチドランカー」症状の、どんな小さな兆候も見過ごさないことが、症状を悪化させないための最良の手段です。
選手自身は大丈夫と思っていても、周りからみたら「パンチドランカー」症状の兆候が出ているというケースもあります。
指導者をはじめ、周囲は選手の動きや口調、体調の変化に常に目を配り、きちんと注意、アドバイスをしてあげることが大切です。

ボクシングをやっているからといって、誰もが「パンチドランカー」になる訳ではありません。
一方、ボクシングをやっている全ての人は「パンチドランカー」発症の可能性があります。
指導者も、選手も、危険を伴うことをしっかり認識した上で、トレーニングや試合に臨んで頂きたいと思います。

医師 小林 晶子(医学博士)