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多発性骨髄腫を公表した宮川花子さん「彼には感謝でいっぱい」 お互いを思いやり支え合う夫・大助さんとの闘病の日々を「グッディ!」が取材

カテゴリ:芸能スポーツ

  • 2018年3月に余命6カ月の宣言 宮川夫妻の2年に渡る闘病の日々に「グッディ!」が密着
  • 毎日見舞う大助さんに、花子さんは「申し訳ないって言ったら彼は嫌がる。感謝でいっぱいです」
  • 大助さんが「グッディ!」中継で語った妻・花子さんへの今の思い

宮川夫妻が緊急会見、花子さんの闘病を公表

12月11日、夫婦漫才コンビ・宮川大助さん(70)と花子さん(65)が大阪市内で緊急会見を開き、花子さんが「症候性多発性骨髄腫」で闘病中であることを公表した。

「症候性多発性骨髄腫」とは、血液細胞の1つである「形質細胞」のがんが骨髄の中で増え続けるもので、正常な血液細胞をつくり出す過程が妨げられるため、さまざまな臓器の機能が低下するなどの症状を引き起こす病だ。

花子さんを病魔が襲ったのは2018年3月。以来、世間に病名を伏せながら闘病し、いったんは落ち着いたものの、2019年に入り病変は広がっていたという。

一時は下半身が動かなくなるも化学療法を続け、徐々に回復。現在、病状は落ち着いており、懸命にリハビリに励んでいるという。

宮川花子さん:
復帰のめどは全く立っていません。退院の日にちもはっきり決まっておりません。どうして先に病状説明をするのかですが、ある程度病気の回復のめどが立ったのと、いま治療の方法っていろいろあります。私はちょうど昭和から平成になる時に胃がんで入院しました。そして今回、平成から令和になる時にまたがんで入院するということになってしまい、治療、手術、放射線、3つの方法を全部経験して、それでも生きている…生きられるということが証明できたし、これからも証明していきたい。皆さんに諦めずに治療して命を一日でも大切に延ばしていってもらいたいなと思って、今回この会見に臨みました。

大助さんによると、花子さんが2018年3月に腰の不調を訴えたため、病院で検査を受け、病気が判明したという。

宮川大助さん:
病院でレントゲン写真撮ってもらったんです。写真の判定の結果、僕は聞こえなかったんですね。それで嫁はんに「余命6カ月です」……そこからのスタートでした。最初は「がんの治療か、姿形が変わるんじゃないの」、芸人やってるもんですから「髪の毛も変わるしガリガリになるし、どうしたらいいもんかな」と。大阪のがんセンターを紹介してもらったんですけど、迷ってる間が5ヵ月あったんです。

その5ヵ月の間に体中に腫瘍ができ、神経がまひ。体がどんどん動かなくなっていったという。

宮川大助さん:
トイレも行けなくなって、娘と2人で、またお手伝いさんで、トイレに行かせる。そのたびにあっちの骨がぼきっ、こっちの骨がぼきっと折れとったんです。それが僕らには分からない。本人も腫瘍で神経まひしてるから、痛みが感じられなかったんです。本当に素人の対処だったんです。

その後も異常が続いたため、花子さんは再び病院へ。その時、医師から「下半身不随の覚悟はしておいてください」と言われたという。

宮川大助さん:
その時には、漫才のことより女房の余命をどないして延ばしてやろうかなと。そういう中で、この病気に関しては薬も新しいものが作られていて。どんどんその効果が出てきて、顔の形も元に戻っていきますし、その中で足が動き出して。今までの治療の中では、復活することはないらしいんです。それがどんどん戻ってきつつあるので。本当に信じられないことが起きだして。今は、ベッドから立ったり座ったり、トイレ行けたり、自分ひとりでも自力で動ける、社会復帰に向けてのリハビリを続行中で、日一日と良くなっています。

病室へ通い詰める大助さん、花子さんもこらえきれずに涙

「グッディ!」のカメラが初めて花子さんの異変に気付いたのは、2018年4月。舞台上では普段と変わらない姿を披露していたのだが…

直後に楽屋を訪ねると、横になる花子さんの姿が。実はこの時、すでに日常生活ではほぼ寝たきりの状態だったそうだ。

その後も病状は回復せず、2019年6月に花子さんは休業を発表。世間に病名を明かすことなく、病と闘う道を選択した。

花子さんは化学療法を受け、体を激痛が襲うなか、懸命に手足のリハビリに励んだ。大助さんはそんな花子さんを「弱気にさせたくない」という一心で、毎日のように病室へ通い詰めた。

確かに、大助さんがお見舞いに来ると、花子さんの声や表情は明るくなる。
しかし、ある日、大助さんが病室を後にすると…

宮川花子さん:
この90日間…絶対に自分のために泣いたらあかんと思ってます。毎回、夫が帰るたびに…なんか寂しくなって…ずっと毎日、扉が閉まるまで我慢します…。

こらえきれず、涙を流す花子さん。大助さんには、涙を見せないと誓っているという。

宮川花子さん:
闘病というのは自分のためにあるんじゃなくて、周りの人が闘ってくれてる。私はそれを受け入れる。くじけたらいけない、それだと思ってるので自分のために泣いてはいけないと常に思ってます。夫も苦しい?とか(聞いてくるが)、苦しないよって(答える)。苦しい言うたら、言われて帰った人の方が心配するし。彼の人生の中で妻に迎えた私が苦労かけてると思ったら嫌やし…苦労かけてるのは私やし。それだけはしたくない。でも毎回彼が明るく「また明日も来るで」って。この間ずっとしんどいのに申し訳ないなって思うけど、申し訳ないって言ったら絶対嫌がるから。なんかいつもいろんな思いがそこの扉で感じる。きょうも感謝でいっぱいです。

「二度目の恋愛をしている感じ」会見後の大助さんが語る妻への思い

さらに、「グッディ!」では会見後の大助さんと中継をつなぎ、今の気持ちについて伺った。

安藤優子:
記者会見を終えて、今どんなお気持ちですか?

宮川大助さん:
僕はようやくスタートを切れるかなと思って、喜びの方にとらえているんで。皆さんに女房の元気な姿をちょっとでも見てもらったのはうれしかったですね。女房はまだまだ不安を抱えていて、まだ一人でトイレに行けない段階なんです。それでもがんの症状はほとんどゼロに近い状況なんで、もう復帰にめがけて一生懸命頑張っている状況なんです。正月は自宅で迎えられるように、いま女房は一生懸命頑張っています。

安藤優子:
それが一つの目標でいらっしゃるんですね。

宮川大助さん:
そうですね。女房は「東京オリンピックは立って歩いて見に行くぞ!」っていうのが目標みたいですけどね。

安藤優子:
会見の会場が一瞬静まり返った瞬間は、余命宣告のことをおっしゃった部分だったと思います。大助さんはその時のことを、どのように思い返していますか?

宮川大助さん:
(余命のことを)聞いた時は、僕は嫁に対してどんだけ大事にしてやれたのかな、その後悔の念が強かったです。漫才の稽古するときでも結構厳しくやったんで、本当に2人で漫才やってきてよかったのかなと。漫才さえやってなかったら…漫才やる前はケンカなんかしたことなかったんですよ。漫才は2人で格闘技のような生活だったんで、それが自分の反省材料として一瞬で駆け巡りましたね。生きてるうち女房は大事にせなあかんですね。あんだけ惚れて一緒になった伴侶ですから。今は2人で、二度目の恋愛をしている感じなんですよ。

安藤優子:
大恋愛の最中なんですね。

宮川大助さん:
大恋愛です。好きで好きでたまりませんよ。家に帰って1人のさみしさ…1人で箸持って、茶碗持って、冷めたご飯を食べるのは味がないです。夢を持って、大阪の3畳と6畳のアパートが僕らのスタートだったんですけど、昨日のように思い出されます。僕からのメッセージですけど全国のお父さん方にね、女房が元気なうちにめいっぱい大事にしてほしいです。女房が元気なうちは、いつまでも家庭が明るいですよ。

安藤優子:
先ほどの会見で、大助さんが花子さんのことを「大好きです」とおっしゃっていて、素敵でした。

宮川大助さん:
ありがとうございます。女房が入院して余命6カ月と聞いたあと、(病と)闘えばなんとかなるんだと分かった時にもう一度夢を持ってくれて。復帰したらどんな漫才やろうとか、まだ体力がないのでそういうものに向かって考えられない状況だったんです。それを最近ようやく、みんなから思いをいっぱいもらって恩返ししたいなとか、ちょっとずつ夢とか希望とかそういうものを、自分の言葉の中に入れたりしてくれて。それがとてもうれしいです。

安藤優子:
いま花子さんが一番頑張ってらっしゃるリハビリはどのようなものなのでしょうか?

宮川大助さん:
ベッドから立ち上がったり座ったり、車いすに乗ったり。立ってる先生の首に抱きついて一歩二歩あるく、歩行器に寄り掛かって一歩二歩あるく。まだ前へ進めるのは1センチか2センチくらいですが…半年間も横になっているもんですから、本当に足は細くなってるし腹筋もなくなってるんで。半年寝込んだら、筋力がつくのに半年くらいはかかるんじゃないかということで、一生懸命やってます。それでも日一日と距離がどんどん伸びていって、毎日「筋肉痛であちこちが痛い」と言ってます。

安藤優子:
頑張ってらっしゃるんですね。改めて頑張ってくださいなんていう言葉は合わないと思うので…花子さんと一緒に、楽しい大恋愛の日々をこれからも送ってください。

(「直撃LIVE グッディ!」12月11日放送分より)