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「EU離脱はラグビーには手出しはできない」紛争を乗り越え引き継がれるアイルランド“統一チーム”の魂

日本が撃破した強豪 現地取材で見えたラグビーへの思い

カテゴリ:ワールド

  • アイルランド代表は2つの「国」で構成
  • 犠牲者3500人...紛争の時代もラグビー代表は「1つ」
  • EU離脱に選手たちも懸念

ラグビーがアイルランドの垣根をなくした

アイルランド・ダブリンのラグビーファンが集まるパブ「Doheny and Nesbitt」にて

「勝つはずのゲームに負けて自分たちに頭にきています。詰めが甘いのがダメなんです」
北アイルランドのベルファストで弁護士を目指す熱心なラグビーファンのブライアン・ウィアーさん(23)は苛立ちを隠し切れない。

熱戦が続くラグビーW杯。
日本が世界ランク2位(試合当時)の強豪アイルランドを撃破した試合について尋ねた時のことだ。それでも「日本はこの10年で強くなった。尊敬します」と答えてくれた。

そして「ラグビーはアイルランド人にとって誇り。人々の垣根を消してくれるものなんです」と付け加えた。

「負けて悔しい。でも日本を尊敬する」ベルファスト在住のブライアン君 23歳

アイルランド代表は「南北」の統一チーム

実はラグビーのアイルランド代表は2つの「国」で構成されている。

アイルランド島は国境で南北に分かれている。ダブリンを首都とする南部の「アイルランド共和国」。そしてイギリスに属する北部の「北アイルランド」。

アイルランド代表はこの2つの「国」による統一チームなのだ。
(注:サッカー代表はアイルランド共和国と北アイルランドで分かれていて統一チームではない)

1922年に南部26州がイギリス領から独立し、アイルランドは南北に分かれた。しかしラグビー代表は南部独立の半世紀近く前に発足しており、そのまま存続することになった。

ラグビーのアイルランド代表は1875年発足。ゲーリック・フットボールとならんで国民的なスポーツだ : 提供「バリメナRFC」

悲惨な紛争も乗り越え「統一チーム」を守った

現在の代表チームは様々な困難を乗り越えながら築かれてきた。

1960年代からは北アイルランドで、イギリスによる統治を望むプロテスタント系住民と、イギリスからの独立を目指すカトリック系住民の対立が激化し、テロが頻発した。この北アイルランド紛争は30年近く続き、3500人あまりの犠牲者を出した。

今も残る紛争の爪痕 パブ入口に設置された武器チェック用の檻 ベルファスト市内

しかし民族の分断を引き起こす血生臭い争いが続く間も、ラグビー代表が分裂することはなかった。ラグビーが南北アイルランドを一つにしていたのだ。

だが今、新たな問題がアイルランドのラグビーに影を落とす。イギリスのEU=ヨーロッパ連合からの離脱だ。南部のアイルランド共和国はEU加盟国のため、イギリス領である北アイルランドとの間に国境が復活することが懸念されている。

「EU離脱」で国境復活? 選手たちの懸念

今大会も含め4回のW杯に出場、アイルランド代表の精神的支柱であり、主将を務めるローリー・ベスト選手はイギリス領である北アイルランドの出身。代表の練習や試合のために国境を越えてダブリンに行く。2016年のEU離脱を問う国民投票の前には「EU残留に投票を」と呼びかけた。

アイルランド代表 ローリー・ベスト主将 写真は「バンブリッジ」RFC提供

また元アイルランド代表のダレン・カーブ選手も、EU離脱によりアイルランドのラグビーが混乱することがあってはならないとして、「2回目の国民投票を行うべき」と地元メディアに答えている。

イギリスのEU離脱により、紛争時のような厳しい国境管理が行われれば、市民の対立が再燃する懸念があり、選手たちの往来に支障が生じることが危ぶまれるのだ。

現在のアイルランド国境周辺。検問は無い。EU離脱に反対する看板が設置されている

試合が終われば「南北」でギネスを

アイルランドのラグビー1部リーグ「オール・アイルランド・リーグ」は全50チーム。イギリス領北アイルランドの12チーム、そしてアイルランド共和国の38チームで構成され、双方が「国境」を行き来しながらリーグ戦を戦う。

今年2月、北アイルランドのバリメナという街を訪れた。この日は地元チームの「バリメナRFC」が、アイルランドから国境を越えてやってきたダブリンのチーム「オールド・ウェズリーRFC」を迎え撃つ。

北アイルランド「バリメナRFC」とアイルランド「オールド・ウェズリーRFC」の試合

アウェーの「オールド・ウェズリーRFC」の圧勝だったが、試合が終わればノーサイド。クラブハウスにはパブがあり、両チームの選手、コーチ、OBも一緒に豪快にビールを飲み健闘をたたえあう。これがアイルランドラグビーの伝統だ。

ビールはもちろん、アイルランドの「ギネス」だ。

試合終了後はクラブハウスのパブでビールを。敵味方も相混じって

「バリメナRFC」のパトリック・ジェームス選手は「学生時代から北も南も一緒にやってきた。もう当たり前のことだ」と答える。

「EU離脱はラグビーに手出しできない」

「ギネスを10杯飲んだよ」
山のような体格の男性が話しかけてきた。

「バリメナRFC」のOBで、80年代から90年代にかけてアイルランド代表のフッカーとして活躍したスティーブ・スミスさん(60)だ。「国境を超えるのが難しかった。でもラグビーが自分たちを一つにしてくれた」と北アイルランド紛争時代を振り返ってくれた。

元アイルランド代表・スティーブ・スミス氏 (左は代表時代のスミス氏)

両チームの会長も共に紛争時代に試合を戦った旧知の仲。EU離脱の是非について尋ねたところ、政治については答えたくないとしながらも、次のように話してくれた。

「EU離脱はラグビーには何の手出しもできない。離脱期限の日に何がおきていようと俺たちは、こいつらと試合を続ける」

(左)北アイルランド「バリメナRFC」ロドニー・コール会長(右)アイルランド「オールド・ウェズリーRFC」ウェリー・キャンベル会長

試合前の国歌斉唱の際、統一アイルランド代表は「アイルランズ・コール」という曲を歌う。南北が統一したラグビー代表のために作られた歌だ。

Ireland, Ireland
Together standing tall
Shoulder to shoulder
We'll answer Ireland's call
「アイルランドよ ともに堂々と立ち 肩を組み アイルランドの叫びに答えよう」

ラグビーW杯決勝は11月2日。その直前の10月31日はイギリスのEU離脱期限だ。
EU離脱強硬派のジョンソン首相は、その日に何が何でも離脱を実現するとの姿勢を崩していない。しかしアイルランド国境管理の問題は依然として先行きが見えないままだ。

私はアイルランドの南と北で、大勢のラグビーを愛する人たちを取材した。
いつまでも彼らに「アイルランズ・コール」を歌ってほしいと思っている。

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【執筆:FNNロンドン支局長 立石修】