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【追悼】日本を愛したシラク大統領が残したもの ~“ブルドーザー”と呼ばれ、愛されて~

フランス ジャック・シラク元大統領死去

藤田裕介
カテゴリ:ワールド

  • 気さくな人柄で多くのフランス国民に愛された大統領
  • 大統領就任後は独自外交を展開
  • 相撲、熱燗、縄文文化―深い知識に基づいた「日本愛」

国民に愛された大統領

フランスのジャック・シラク元大統領が9月26日亡くなった。
家族の話によると、86歳の元大統領はパリ市内にある自宅で、静かに家族に看取られたという。

シラク元大統領のフランス国内での人気はとても高い。
亡くなった日、元大統領の自宅がある通りには、大勢のパリ市民が駆け付けていた。

ある女性は、「国民と交流することを大切にしていた」と、偉ぶらず親しげに人々と握手し、笑い合う、その人柄を評価した。また、長年の支持者だというアフリカ系の男性は、目にうっすらと涙を浮かべながら「移民も含め、すべてのフランス人を大切にしてくれた」と語った。

各国首脳が参列して行われたシラク大統領の国葬

死去以降、パリ市内のアンバリッド廃兵院に安置された彼の遺体に最後の別れを告げようと、フランス国民は長蛇の列を作った。

9月30日に執り行われた国葬では、ロシアのプーチン大統領やアメリカのクリントン元大統領などの各国の要人が参加する中、会場となった教会を大勢の市民が囲んだ。

それほどに、国民から愛された大統領だった。

国葬が行われた教会の周りには、シラク大統領を愛した大勢の国民が最後の別れに訪れた

「ブルドーザー」の異名をとる行動派

シラク元大統領は、34歳で国会議員になると「ブルドーザー」と呼ばれるほどの行動力で頭角を現し、パリ市長や首相を歴任。1995年に大統領の座についた。

大統領就任後も、その抜群の行動力が垣間見える様々な政策をとった。1995年から翌年にかけては、「CTBT=包括的核実験禁止条約」の締結に向けた議論が国連で進められる中、核実験を強行。国際的な批判を受けた。

2003年には、アメリカが主導したイラク戦争に反対し、イギリスなどが参加した有志連合に加わらなかった。この戦争はイラクが大量破壊兵器を所有しているという理由で始まったものだったが、その後、大量破壊兵器は見つからず、国民からの評価を高める一因となった。

また、ドイツとの緊密な関係を構築し、EU=ヨーロッパ連合の統合を推進するなど、現在のヨーロッパ全体に大きな影響を与えたといえる。

日本文化への愛

そのうえで忘れてはならないのが、大変な親日家であったということだ。

力士たちと日本式のお辞儀で挨拶をするシラク大統領

パリ市長時代の1986年と、大統領在任中の1995年の2回にわたって、「大相撲パリ場所」の開催に尽力したほか、世界の優れた芸術家に贈られる、「高松宮殿下記念・世界文化賞」の設立当初は国際顧問、大統領就任後は名誉顧問を務めた。

「高松宮殿下記念世界文化賞」では創設当時から国際顧問を務めていた(写真は1996年パリ)

学生時代に、東洋の美術品を収蔵するパリの「ギメ美術館」に通いつめたことが、日本文化に関心をもつきっかけとなったという。

それだけに日本美術への関心が高く、時には専門家を驚かせることもあった。

縄文土器にも造詣が深く・・・

1998年に、フランスで日本文化を発信するために設立された「パリ日本文化会館」。
ここで開かれた「縄文展」を訪れたシラク元大統領に記録係として同行し、現在は館長を務める・杉浦勉さんは、その深い知識を知る1人だ。

パリ日本文化会館で陶器展を観覧するシラク元大統領(会館収蔵写真より・1998年)

杉浦館長によると、展覧会でシラク元大統領は縄文土器などをしげしげと眺めては、「これは縄文中期の作品ですね、これは前期」と、製作された時代をぴたりと言い当てた。

また、説明をしていた専門家に突然、「稲作は弥生時代から始まったといわれているが、縄文時代にもあったと聞きました。実際のところはどうなのですか?」と質問したそうだ。

専門家は「本格化するのは弥生時代からですが、縄文時代にも少し稲作はありました」と答えたが、縄文時代の稲作は、展覧会の開かれた1997年当時、あまり一般には知られていないことで、回答しながら専門家も驚いたという。

ちなみに、シラク元大統領はこのパリ日本文化会館を、大統領在任中に3度訪れているが、彼より後に就任した大統領で訪れた人は残念ながら、まだいない。

2018年は、フランスに現在の日本文化を紹介する「ジャポニスム2018」が開催され、会館でも多くのイベントが行われたが、マクロン大統領の訪問はなかった。このことからもシラク元大統領の「日本愛」が伝わってくる。

杉浦館長は、「非常に日本にとって大事な人が亡くなったということで、喪失感が大きい。3回もいらしていただいて、心から感謝の気持ちでいっぱいです」と述べている。

縄文展の目録を手に記録係を務めた当時を語るパリ日本文化会館・杉浦勉館長

天ぷらと熱燗がお好き

さらに、日本の食文化へも深い愛情を持っていた。特に好んでいたのが、天ぷらと日本酒の熱燗だ。この熱燗が好きだったというエピソードを耳にしたとき、私は大変驚いた。日本酒は、最近ようやくフランスで飲み始められている程度。それもほとんどが冷酒で、熱燗で提供している店はほとんどない。よほどの日本酒、日本文化好きでないと、存在も知らないものだからだ。

フランスでは今、アニメや漫画といった日本のポップカルチャーが人気を集めている。また食文化でも「日本のラーメン」が大人気で、ラーメン店の前には毎日長蛇の列ができているほどだ。取材をしていても、日本への好意を感じることは多い。

シラク元大統領が設立を主導したケ・ブランリ美術館に掲げられた写真

シラク元大統領が、20年以上前に日本とその文化を愛することを広く表明し、たびたび日本を訪れたことは、間違いなく、今のフランス国民に日本という国への関心を高めることにつながっている 。

【執筆:FNNパリ支局 藤田裕介】

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