離島にとって橋は「夢」ではなく「命」…気仙沼の“悲願”開通から1ヶ月【仙台発】

  • 4月、宮城県 気仙沼に本土と離島を結ぶ一本の橋が開通した。
  • 東日本大震災の際に寸断され、過酷な経験をした島民にとって“悲願の橋”
  • 開通から約1ヶ月…いくつかの課題も見えてきた…

“悲願の橋”開通から1ヶ月

宮城県の気仙沼市にある離島・大島と本土を結ぶ「気仙沼大島大橋」が4月7日に開通した。
あれから約1ヶ月、10連休などを経て、課題が見えてきた。

ゴールデンウィーク10連休も終盤に入った5月5日の気仙沼大島大橋。
 朝から多くの観光客が、橋を歩いて渡る姿が見られた。 

気仙沼湾を一望できる大島随一の観光スポット「亀山」にも、展望台からの360度の絶景を見ようと、多くの人が訪れていた。 

来ている人に話を聞くと、やはり「橋」がきっかけで訪れている人が多いようだ。

気仙沼から来た女性:
大島に来るのが初めて…素敵な景色や風景があっていいなと…

涌谷町から毎年大島に来る女性:
毎年フェリーで大島に来ていて、橋が開通したのできょうは家族で来ました。

観光客は急増

橋が開通したことは、離島だった大島の観光にとって、大きなプラス効果をもたらしたようだ。
 〝うれしい悲鳴″はこんなところでも…。 

大島でホテルやキャンプ場を経営する「休暇村気仙沼大島」。
こちらの施設では次から次へとやってくる観光客の対応に追われていた。

休暇村気仙沼大島 米澤雄輔 営業兼管理課長:
ここまで活況は予想できなかったですね。キャンプ場についても橋の開通の発表と同時に、GWの予約が埋まったような状況です。

この休暇村では、今年の10連休、去年の同じ時期と比べて利用客の数が1.4倍に増加。急きょ、従業員を増やしてなんとか対応したという。

気仙沼市の試算によると、今回の10連休中に大島を訪れた人は全体でおよそ6万人。 橋が開通する前の2018 年の同じ時期と比べておよそ3倍に増加した 。 

市内の道路に100枚以上の案内板を新たに設置したり、のべ140人態勢で交通誘導に当たった結果、想定されたほどの激しい交通渋滞などは、みられなかったという。

見えてきた課題

その一方で一部、課題も見えてきた。
 駐車場を出て橋を渡るための歩道に行くためには、道路を渡らなければならない。しかし現段階でその道には横断歩道や信号がないことから、警備員が車を停めて人を渡している状況なのだ。 

警察では今後、この場所への横断歩道の設置を公安委員会に求める方針だが、設置時期は未定で、事故が起きないか懸念されている。

結局、今回の10連休中に島内で発生した交通事故は6件。2018年1年間に大島で発生したすべての交通事故の半数に当たる数字だ。 

こういった、いわゆる「橋開通に伴うマイナス面」について、島の人はどのように感じているのだろうか?
 
 大島在住・菅原博信さん:
いろいろ準備をしてから橋の開通のほうが良かったという人もいるかもしれない。しかし、そんなのは二の次。とにかく島民の生活が変わったというのが一番。24時間本土に渡れるのが一番だ。何事にも代えられない。

こう話すのは、大島で生まれ育った菅原博信さん。 本土とつながる橋は、島の人にとって、非常に大きな存在だという。 

菅原さんが、ここまで橋にこだわるのは、8年前の震災を経験したことが大きいという。

2011年3月11日 東日本大震災。
押し寄せた津波によって気仙沼湾で発生した大規模な火災は、大島のシンボル・亀山にも燃え移った。

唯一の移動手段である船もほぼ流され、島は完全に孤立した。 

大島在住・菅原博信さん:
大島の悲惨な状況を見た時は、辛かった。 今も思い出すと涙が出る…橋があれば、あんな苦労はなかった。

災害時に、橋がないことで、島の住民がどれだけの苦労を強いられるのか。
 8年前の過酷な経験が、島民の共通認識として、本土とつながる橋への思いを揺るがぬものにした。

(仙台放送)

【関連記事:日本各地の気になる話題はコチラ】